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おうちミュージアム「熊本地震、あれから5年~」②

2021年4月6日(火)~6月27日(日)に開催されていた春の企画展「新収蔵カルタ展」で展示されていたミニコーナー「熊本地震、あれから5年~とある被災者の当時のメモより~」ですが、緊急事態宣言を受けて、展示期間が当初の予定より短縮されたため、WEB版を「おうちミュージアム」として数回に分けて掲載いたします。
この展示はとある被災者が、実際に体験した出来事を、当時のメモをイラストと文章で書き起こしたものです。

本日の更新は、とある被災者の体験した手記の、地震が発生した翌日、4月15日に起きた出来事の部分です。

2016年4月15日(金)
AM 6:00頃
朝日が登るのを見た。仕事はどうしようか…と考えた。部屋は崩壊したが自分はどこにも怪我をしていないし、きっと職場もひどい事になっている。進行中の仕事のデータが入ったパソコンは無事なのかという不安もあり、思い切って上司にメールをして判断を仰ぐと「来れるなら来て」という一文だけ返ってきた。一ヶ月ほど前に事故に遭い、1週間ほど休んで職場に迷惑をかけた事があったため、休む事にはとても気が引けた。アパートに戻るのも怖かったので、知った顔が多い職場の方が安全に思えたので出勤することにした。

AM 8:00頃

バイクで通勤中、見慣れた某自動車会社の2階建てのビルが崩壊していたり、道路にガラスが散乱していたりどこから落ちたのか子供用の学習机のようなものが通路を塞ぐように落ちていたりした。なのに出勤のためか避難のためか、車の量がいつもと変わらないことが不気味に感じた。

AM 9:00頃

職場は工場も中にあるせいか、鉄筋のしっかりした作りで、想像以上にダメージはなかった。PCもモニターもなんとか床に落ちずにとどまっていた。一人益城町に住んでいる社員がいたが、その人は上司によれば無事らしいが来ていなかった。この時はテレビも見られず(職場にもなかった)地震についての情報はネットやツイッターから見つけるしか無いという状況で、しかも「ライオンが動物園から逃げた」というデマがSNSに大量に流れていたため、見ないようにしていた。だから益城町があの時とても深刻な状況だったことを、この時はまだ知らなかった。(このデマは後に動物園への業務を妨害したとして、これをSNSで発言した神奈川県に住む20歳男性が逮捕されています。)

PM1:00頃

何度もドキッとするレベルの揺れが来る。そのうちに、揺れているのか、揺れているのが気のせいなのかわからなくなっていき、妙な吐き気を感じるようになる。
SNSで東北大震災経験者の友人に相談してみると、これは車酔いの地震版で「地震酔い」というらしく、揺れたか揺れなかったか自分ではわからない状態が酔う原因らしい。対策として水を半分入れたペットボトルを机に置き、揺れたと感じた時にそのペットボトルをみて、中の水が揺れているかいないかを目で確認すると良いというアドバイスを貰い試してみたが、揺れたと感じた時には100%水は揺れていたので、自分にはあまり効果がなかった。なんとか車酔いの薬を手に入れ、それを飲むと嘘のように吐き気はおさまった。この他にも、この場にいた職員全員のスマホから時間差で鳴り響く「緊急地震速報システム」のかん高い警告音に一日中悩まされた。音がとにかく怖い。音を聞くと身がすくみ、もし間髪入れずに建物が崩壊したら、体が硬直して逃げれる気がしない。

※益城町は2度とも震度7を観測し、大きな被害を受けていました。16日の本震では、益城町宮園にある震度計が、国内観測史上最大の計測震度である、計測震度6.78を記録しています。

当時者談:余震には本当に悩まされました。私には効果のなかった地震酔いの対策ですが、避難用品の中に余裕があれば常備薬として酔どめの薬を入れておいても良いかもしれません。

次回は本震が発生した2016年4月16日の手記を掲載します。

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